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 2015年・2016年と『16ビートアザラシコンピ』なる、16バンド参加(場合によっては17バンド……?)のコンピレーションアルバムを3年連続リリースしてきたEmu sickS。リリースとはいっても、これ、全部無料配布なのである。無料で16バンド、数千枚。狂気さえ感じるこの太っ腹感。そして今年、『16ビートアザラシコンピ3』の配布に合わせ、『16ビートアザラシフェス』というサーキットイベントを開催する。

Emu sickSメンバーが4人でフェスについて、自分たちについて、ざっくばらんに、でも真剣に語る本インタビュー。これを読めばもっとEmu sickSのことが好きになる……はず!

​16ビートアザラシフェスインタビュー【第1回】

左から、16ビートはやお(ドラム)、まさき(ギター)、大善(ベース&コーラス)、なかじん(ボーカル&ギター)

ーー普段4人で飲みに行くことってあるんですか?

 

はやお:ないですね。

 

大善:4人だけで乾杯するとか、かなり違和感あるよな。

 

まさき:初めてかもしれんな。

『16ビートアザラシフェス』は集大成でありひとつの通過点

 

 

――今日は折角なので4人の言葉で色々話してもらおうと思っているのですが、まず『16ビートアザラシフェス』自体は特設ホームページを見る限り「16ビートはやお主催」っていうことでいいんですか?

 

はやお:そういうことにしておいた方が面白いかなと思って。実質は全員で動いているので、フライヤーとかにはEmu sickSのフェスと謳っています。

 

まさき:出演者へのオファーは主にはやおがやっているので、間違いではないんですけど。

 

大善:なかじんは作品を作っているし、僕たちは色々と地味な作業をしたりとか(笑)

 

まさき:役割分担ですよね。

 

大善:でも出演者を決定するところは全員が「うん」って言ったものだけが実現してるかな。

 

――じゃあフェスの話を伺う前に、フェスのきっかけである『16ビートアザラシコンピ』を作って無料で配布することになったのには、どういう経緯があったのか教えて下さい。

 

はやお:2015年に名古屋のサーキットイベント『SAKAE SP-RING』(以下、サカスプ)に出場したんです。出場が決まったときに、僕たち名古屋でお客さんを呼べるようなチカラもないし、何か策を打たないとマズいなと思って。大阪の『MINAMI WHEEL』だったら会場付近で無料音源を配ってお客さんを呼び込むっていうやり方がすごく盛んじゃないですか。事前のリサーチでは、サカスプにはそういう文化があんまりなかったんですけどやってみようって。

 

大善:サカスプって会場も多いしめっちゃ範囲が広いんですよ。僕たちみたいな知名度のバンドが何の対策もなくいきなりライブをしても、何も結果を残せへんなって話し合ったと思います。

 

はやお:それで、最初は自分たちの音源だけ配ろうと思っていたんですけど、名古屋のイベンターでお世話になっているちょこたんさんにも協力してもらいながら、スプリットコンピにしようってことになって。

 

大善:自分たちの音源だけではパンチが弱いから「束になっていこう!」って。これ、当時合言葉にしていたと思います(笑)

 

はやお:で、どうせ集めるなら16バンドやろ!ってことで。

 

大善:その頃ぐらいに16ビートはやおっていうキャラが確立し始めていたので、数字が関係してくるものは全部「16」にしていました。

 

――16バンドが束になった無料コンピを配ってみて、実際の反応はどうでしたか?

 

はやお:思ったより反応はありました。ディスクユニオンの方からも声をかけてもらって、主要な店舗には置いて下さったんですよ。

 

大善:その方が翌年のコンピ2の時に、一緒に東京のタワーレコードに置きに行くのに付いてきてくれたりして。色々話をしてもらって、東京のレコ発にも来てくれたんです。

 

はやお:最終的にはサカスプ以外の場所でも配ることが出来て、思ったより全国各地で手に取って聴いてもらえたと思いますし、当初の目的ではなかったけどCDショップや情報発信している方とも繋がりが出来たのは良かったですね。

 

 

 

――無料コンピが今年で3枚目というところでフェスを開催するのにはどういう思いがあったのか聞いていこうと思うのですが、この『16ビートアザラシフェス』は昨年まで8月に開催されていたサーキットフェス『VOYSONIC』(以下、ボイソニ)終了に当たってイベントを引き継いだ形になるんですよね?具体的にどういう部分を引き継いでいるのですか?

 

はやお:そもそもこんぼいさん(ボイソニ主催)がボイソニを終了するとき、誰かに継いでもらおうと思っていた訳ではないと思います。ただ、僕たちが『16ビートアザラシフェス』をやることになって、会場のパッケージは引き継ぐことになった時、名前や形が変わっても続いていくことは嬉しい、とは言っておられましたね。

――去年の最後のボイソニでEmu sickSはpangeaのトリでしたよね。観客が大トリのthe ciboを観に行けるように、アンコールを待たずにライブを終わらせたのは、主催者っぽい立ち振る舞いだなと思っていました。

 

はやお:ボイソニっていうイベントには「色んなバンドを見て欲しい」っていう、こんぼいさんのちゃんとした理念があるので、僕たちはそれを掩護射撃するのが役割だと思ったからです。主催者であろうと一参加バンドであろうと、イベントの一番大切な趣旨を汲むことが盛り上げることに繋がると思うし。

 

――近年サーキットフェスって商業的なものからバンド主催のものまで、全国各地で本当にたくさん溢れていると思うんですけど、他のサーキットフェスと自分たちのフェスについて共通している部分と違っている部分ってどこだと思いますか?

 

はやお: 神頼みレコードがやっている『神頼みフェス』とかは呼んでいるバンドも共通性があるし、馬力があるというか心意気は近いんですよね。

 

なかじん:「とりあえず何かやったら変わる」って感じの、意志を感じないイベントもありますからね。変えたいなら色々考えないとアカンし、変わるための努力はしないと、とは思っています。

 

大善:サーキットにした方が良いバンド呼びやすいし、お客さんにとってもお得なんでしょうけど、結局理念がないんやったら自分たちの首を絞めるだけやし。安易にサーキットにしたらお客さんが来るやろう、っていうのは先が知れていますよね。

 

はやお:フェス自体がゴールになってしまっているフェスとは明らかに違いますね。あとこのバンドを呼んでおいたら集客出来るやろう、っていうあからさまな考えが嫌というか。そういうバンドほど練習をしていないんですよ!

 

――練習……ですか(笑)

 

なかじん:キャラづくりばっかりして練習していないのに、大人からチヤホヤされるバンドがいるのは悔しいです。

 

はやお:キャラも要るとは思うんですけど、練習はしないと(笑)

 

――ではなぜEmu sickSは今、このタイミングで『16ビートアザラシフェス』をやるのでしょう?

 

大善:それこそボイソニが終わるっていうタイミングで、コンピの3枚目をつくることになって、最初はサカスプで配るためにつくったコンピが今や参加バンドも数が増えてサーキット出来るぐらいになったという経緯があって。

 

はやお:僕たちにとってこのフェスは通過点でしかないんですよ。コンピも3年続けてきたので、集大成として対外的にちゃんと打ち出していくし、そのためにサーキットフェスを開催します。この後のバンドとしての展開も色々見据えてやっているんですよ。今はそこまでしか言えないですけど。

 

大善:ここからバンドの活動に本腰を入れていくための布石ですよね。あとはフェスの出演バンドとコンピの参加バンドのこともちゃんと知って欲しいし。良いバンドとは一緒に売れたい。

 

――「売れる」って色んな価値観があると思うんですけど、Emu sickSにとっての「売れる」の意味合いってどういう風に共有しているんですか?

 

はやお:認められたいに近いのかな。あと、何でこんなバンドがチヤホヤされているねん!っていうのをひっくり返したいっていう反骨精神があります(笑)

 

まさき:知り合いじゃないお客さんが知ってくれるようになるっていうのは大きいですよね。

 

大善:サーキットイベントに出演すると、名前だけは聴いたことがあるから観てみようかなって言う人は増えていると思うし。

 

なかじん:そういう意味ではコンピを出したり、今まで活動してきたことがやっと目に見えてきたかなというところですね。

 

大善:16ビートはやおとしての活動の部分もありますし。

 

まさき:きっかけは何でもいいよな。

 

はやお:入口は「16ビートはやおって何なん?」でもいいんですよ。そこから先へ、ちゃんと連れていくことが僕たちのやるべきことであって。

仲良くなってからの繋がりを大切にしている

 

 

――実際にコンピやフェスへの参加バンドは、どうやって決めていくんですか?さっきメンバー全員の意見を一致させるって言っていましたけど、どうやって合わせていくんでしょう?

 

なかじん:基本は 「対バンのあのバンドが良かった」とか「動画で見たあのバンドが良かった」とかいう話をしながら、はやおが挙げてきて各々がそれに賛成するという感じですかね。

 

はやお:僕から「誰か良いバンド知らない?」って聞くこともあるし。

 

まさき:大体はやおが挙げるバンドは僕から見てもまさにその通りっていうのを挙げてくるから、違うなって思うことはほぼないです。

 

はやお:僕たち意見が分かれないんですよ。

 

まさき:そうやな。他のバンドのライブを観ていて今日のライブ良かったよな、って感じるものも大体全員一致しますね。

 

なかじん:今日はあんまりやったな、とかも。

 

はやお:それも判断基準は、練習をしているか、そうじゃないかなんですよ(笑)

 

まさき:練習っていう言葉はちょっと違うかもしれないけど(笑)バンドを舐めているというか、音楽と真摯に向き合っていないバンドはすぐ分かるというか。

 

――なるほど。1枚目当時からのラインナップを見ていると、他府県のバンドがすごく多いっていうのが印象的なんですけど、それは理由があるんですか?

 

大善:色んな地方のバンドを呼んでおいた方が、今後僕たちがその地方でライブするときに行きやすい……ってそのときそこまで考えていたかな。

 

はやお:考えていた気もするけど、大阪だけでそこまで仲の良いバンドもいなかったし、単純に地方で仲良くなったり音源を聴いたりしていいなって思うバンドに声をかけたと思います。

 

――福岡のabout a ROOMや広島のウサギバニーボーイは、1枚目からの関わりで今回のフェスにも参加するという欠かせない存在ですよね。

 

まさき:about a ROOMは先に谷君(Gt.)とThe INCOSで対バンしたんですけど、そのときにabout a ROOMっていう別のバンドをしているって聞いていて。その後西日本フェスの大阪編(2015年4月)で初めて対バンしたんですけど、まだそのときはそんなに仲良くなかったなぁ。

 

なかじん:そこで対バンはしていたから、1枚目のコンピをつくるときに福岡のバンドを呼ぼうって言って声をかけたんだと思います。

 

大善:まっつん(Ba.)は最初から気さくに声をかけてくれていたけど、僕たちの方が人見知りをしていましたね。福岡のバンドでなかなか会わないから、次会ったときに話しかけていいものか……って一歩引いてしまって。

 

はやお:会う頻度が低いとリセットされてしまうよな。

 

大善:こっちが仲の良い感じのテンションで話しかけて、反応が薄かったら傷つくんで……(笑)

 

なかじん:ナイーブなんです。

 

はやお:その後何回か対バンするうちに、いつの間にかめちゃくちゃ仲良くなっていましたね。

 

大善:ほんまに僕たち仲良くなるの、遅い方やと思うんですよ。

 

なかじん:ウサギバニーボーイも今でこそ高宮さん(Vo/Gt.)に僕の不幸をめちゃくちゃいじられますけど(笑) 初めて僕たちの企画に出てもらったときはあんまり喋れなかったもんな。

 

はやお:今では僕たちが広島でライブするときは家に泊めていただいたりとめちゃくちゃお世話になっているし、ウサギバニーボーイが大阪でライブするときには僕の家を使ってもらったりもしています。

 

――仲良くなるスピードが遅いながらに、着々と仲間は増えていますよね。

 

まさき:仲良くなってからの繋がりを大事にしているから、長く交流を持っている仲間が増えてきているんだと思います。僕たちもバンド活動を始めて結構長いんで。

 

大善:僕は人として合わない人とは無理して付き合わないですね。

 

まさき:音楽性がどうこうっていうより、最終的には人がいいと仲良くなれるんじゃないかと。

 

大善:僕たちが人見知りやから、向こうから来てくれる方が多い気がする。

 

――Emu sickSの周りのバンドは、逆に人見知りじゃないバンドが多いってことですか?

 

なかじん:いや、気が合うので人見知り同士なんじゃないですか。

 

大善:多分、根暗じゃないと仲良くなれないと思います。

 

なかじん:パリピは無理ですね。

 

――敢えて聞きますけど、仲の良いミスタニスタはパリピじゃないんですか?(笑)

 

一同:ミスタニスタは全員根暗ですよ(笑)

 

なかじん:ミスタニスタは、初めての対バン(2015年10月)のとき、ライブ中にウエムラ(Vo/Gt.)とジョーザキ(Ba.)がステージを降りて酒を買いにいったりしているのを見て、こいつらとは絶対仲良くなれへんと思っていたけど……。今では一緒に遠征にも行くし、家にも泊める仲になりました。

 

大善:あんまり言うと僕たちの周りのバンドに悪いけど、多分根暗か真面目しかいないですね。だから長く仲良く出来るんじゃないかと思います。

繋がりが出来たら「出ます」「やります」って応え続けて今に至る

 

 

――フェスの話から離れて、Emu sickSというバンドについて聞いていこうと思うのですが、4人は同じ大学の同じ軽音部だったんですよね? 

 

はやお:僕となかじんが元々組んでいたバンドがあったんですけど、ベースとギターを新たに探そうという流れになりまして(笑)まさきと大善を誘ってEmu sickSを結成しました。

 

大善:僕以外全員軽音部の幹部でしたからね。なかじんが会計で、まさきが渉内、はやおが副部長兼渉外ですね。

 

まさき:まぁ今も似たような役割分担ですよね。

 

なかじん:僕だけ変わりましたけど。

 

――大学卒業してもバンド続けているって思っていました?

 

はやお:あんまり思っていなかったですけどね。卒業間際に初めてのミニアルバムをつくり始めていたんで、そのままダラダラ続けていて。

 

大善:つくっている最中の2012年4月に社会人になったんですよ。僕はその頃ぐらいからバンド活動が楽しいな……って思い始めていたんですけど、研修で山口県にいたり、その後配属先が名古屋になったりして、ライブ活動は一旦止まってしまって。

 

なかじん:それまで学生のときに出ていたライブハウスが全部途切れてしまったので、しばらくはサポートでベース入れたりしながらFANJとFireloopしか出ていないと思います。

 

大善: FANJとかFireloopに声かけてもらってなかったら、今頃どうなっていたか分からないですよね。でもアルバムつくってしまったから売らないといけないし。

 

なかじん:あの頃が一番のピンチやったよな。

 

はやお:そうやな、でもあんまり辞めるっていう選択肢はなかったよな。

 

大善:こんなに忙しくなると思っていなかったし、これぐらいの緩さなら名古屋に住んでいても続けられるかなぐらいに思っていたし(笑)あんまりバンド活動の仕方が分かっていなかったんですよね。

 

なかじん:活動の仕方もそうですし、曲づくりの仕方も学生のときはあんまり分かっていなかったしな。

 

はやお:2013年にFANJでゲスの極み乙女。と対バンすることになって。そのときにちょこたんさんが観に来ていて、名古屋でのイベントに呼んでもらえることになったりしたよな。

 

大善:そうやって繋がりが出来て、じゃあ「出ます」「やります」って応え続けて今に至る感じですかね。

 

――Emu sickSの活動を見守ってチカラになってくれる大人がたくさんいたってことですよね。

 

はやお:それはそうですね、恵まれていますね。 CUSTOM NOISE(以下、カスタム)の安齋さんも、僕らが大学生のクソみたいなバンドの頃から見てくれていて。

 

なかじん:ギターロックの出来損ないみたいなオリジナル曲しかやっていなかったんですけど、1曲だけ四つ打ちの曲が出来ていたんですよ。それを安齋さんに褒められて。めちゃくちゃ嬉しくて、その後めちゃくちゃカスタムに影響を受けた曲ばっかりつくっていました(笑)

 

まさき:カスタムとの出会いがなかったら今はないよな。

 

一同:ないな。

 

大善:もうバンドも続いていなかったと思う。

 

――それは安齋さんとかカスタムのメンバーに褒められたから、カスタムみたいなバンド目指そうぜ、っていう風に考えたってことですか?

 

なかじん:そうですね。本当にそれまでに対バンした人たちの中で、一番衝撃を受けたんですよ。

 

はやお:そんなすごい人たちに褒められたら舞い上がるじゃないですか。

 

大善:考え方とか活動の仕方もカスタムから影響受けていると思いますね。安齋さんに演奏のこととか助言されたら信頼出来るしな。

​【インタビューは第2回へと続きます…!】

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